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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1859号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 甲野花子こと李花子

右訴訟代理人弁護士 大高満範

同 上山太左久

被控訴人(附帯控訴人) 乙山一郎こと朴天西

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 松岡憲

主文

一、原判決中控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人)朴天西とに関する部分につき、控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)朴天西は、控訴人(附帯被控訴人)に対し、一二〇万円及びこれに対する昭和四四年一二月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。

二、控訴人の被控訴人明天春に対する本件控訴を棄却する。

三、被控訴人(附帯控訴人)朴天西の本件附帯控訴を棄却する。

四、控訴人(附帯被控訴人)と被控訴人(附帯控訴人)朴天西との間に生じた訴訟費用(附帯控訴費用を含む)は、第一、二審を通じてこれを三分し、その二を被控訴人(附帯控訴人)朴天西の、その余を控訴人(附帯被控訴人)の各負担とし、控訴人と被控訴人明天春との間に生じた控訴費用は控訴人の負担とする。

五、この判決は、主文第一項の金員の支払いを命ずる部分に限り仮りに執行することができる。

事実

控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。控訴人に対し、被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)朴天西は二二〇万円、被控訴人明天春は三〇〇万円及びこれら金員に対する昭和四四年一二月二七日から支払いずみまで年五分の割合による金員を各自支払え。被控訴人朴天西の本件附帯控訴を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人朴天西代理人は、「本件控訴を棄却する。原判決中被控訴人朴天西敗訴の部分を取り消す。控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴人明天春代理人は、控訴棄却の判決をそれぞれ求めた。

控訴代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一、控訴人は、昭和三五年九月頃、被控訴人朴を結婚の相手として紹介され、見合いをした後結婚までの約七ヶ月の間同被控訴人方を二、三回訪ね、その母である被控訴人明にも会って家庭との交際を深め、かくて被控訴人らの親戚にあたる丙川某夫妻の媒酌により、昭和三六年四月二九日被控訴人朴と結婚式を挙げた。なお、挙式及び披露宴は控訴人方で行われた。そして控訴人と同被控訴人とは、婚姻の届出をしないまま挙式の日以来夫婦共同生活を続けたから、いわゆる内縁関係にあった。因みに控訴人の外国人登録原票には、もと世帯主である被控訴人朴との続柄として妻と記載されていた。

二、被控訴人朴は、結婚当時その肩書現住所においてスナック・××××と称する飲食店を経営していたので、控訴人もともに働き始めたが、被控訴人朴は遊興に耽り出店せず、いわば無為徒食の生活態度が続いた。しかしながら当時の控訴人ら夫婦及び被控訴人朴の母である被控訴人明の生活は、専ら右飲食店の収益に依存していたので、控訴人は、営々として働き、家計の維持につとめた。控訴人は、被控訴人朴の生活態度を改めさせるためと生計維持のため昭和四二年一一月一五日控訴人名義で、横浜市○区○○町△丁目△△番地○○ビル二階にスナック・○○○○と称する飲食店を開店した。右開店資金は、控訴人と被控訴人朴との共同の貯金のほか、控訴人の兄伍雄大からの借入金二〇〇万円をこれに充てた。

三、右スナック・○○○○の経営は、開店以来控訴人が主となってこれに当っていたものであるが、被控訴人明は、昭和四三年一月末頃、控訴人がその使用人丁村二郎と肉体関係があると虚偽の噂を立て始め、控訴人を非難するようになり、そうこうしているうちに、同年二月五日被控訴人朴の弟朴大福をスナック・○○○○に乗り込ませ、同店の経営に当ると主張して、それまでの控訴人の同店経営に対する努力を無視して、追い出しにかからせた。被控訴人朴は当時控訴人に愛情をもっていたものの、被控訴人明の控訴人への悪感情から同被控訴人と話し合ってもどうにもならないことと思い、家出する以外に途はない、との考えであり、控訴人も同被控訴人の手鍋さげてもやろうという意気込みにほだされて、これに従ったのである。

四、控訴人と被控訴人朴は、その後東京都○○区○○町△△番地に住居を定め、控訴人はバーのホステスとして、被控訴人朴はコックとして、それぞれ働き始めたが、同被控訴人は永続きせず、控訴人は、川崎の実家から生活費の一部を送金して貰って生活を維持してきた。ところが同年一一月頃同被控訴人が控訴人の実家を訪れた際、控訴人の母からいつまでも生活費を送金することはできないと云ったことがきっかけとなって、以来同被控訴人は、控訴人と丁村二郎との関係に疑念を抱いている旨控訴人を責め立て離婚しようと云い出し、ついに同年一二月二四日、控訴人が保管していた一三万円を持参して同人に無断で横浜市内にある被控訴人朴の実家に帰り、爾来控訴人の許に戻らなかった。

五、控訴人は、右事実を実家に連絡したので、控訴人の父が被控訴人朴を訪ね、今後控訴人をどうするのか真意を質したが、同被控訴人は反省の色を示さず、被控訴人明は、控訴人が謝まってくれば、嫁として待遇するなどと冷やかな発言をしたりなどしたので何の解決も見出せなかった。控訴人も川崎市内の実家に戻っていたところ、被控訴人朴が同月三一日訪ねてきたが、何ら結婚生活維持のための努力と反省を示さなかったので、控訴人も同被控訴人の許に帰らなかった。その後昭和四四年二月一〇日同被控訴人は、控訴人をその勤務先に訪ね、離婚をしろ、嫁を貰っても異議のない旨一筆書いて判をつけと強要したりしたが、控訴人はこれに応じなかった。

かくして控訴人と被控訴人との間の内縁関係は、同被控訴人のために不法に破棄されるに至ったのである。

六、被控訴人明は、第三項記載のような虚偽の噂をたて控訴人を非難するとともに朴大福をして控訴人にスナック・○○○○の経営から手を引かさせ、控訴人らに家出を余儀なくさせたのであって、控訴人らの家出後の経済上の破綻はやがて愛情の破綻となったのである。それに被控訴人明は、かねてから控訴人が石女であるので、被控訴人朴に離別するよう勧めていたのである。なお、前記家出後控訴人は、被控訴人朴とともに被控訴人明を訪ねたところ、同被控訴人は、控訴人を激しくののしり、侮辱の言葉の数々を浴びせた。これらの事実によれば、被控訴人明も被控訴人朴とともに民法第七一九条の責任があることは明らかである。

七、以上のように控訴人は、被控訴人朴と結婚して破綻するまで約八年の長きにわたって営々として飲食店の経営に励み、また同被控訴人の弟や弟の子の養育にあたり、又無尽がつぶれて苦境にあった家庭経済再建のため、控訴人の兄伍雄大から資金援助を求める努力をするなどその家庭に尽した功績は大であるにも拘らず、被控訴人らの共同不法行為により内縁関係を破棄され、甚大な精神的損害を蒙った。そして控訴人は、現在心臓疾患のため健康がすぐれない状態である。これらの事実を総合すれば、慰藉料の額は三〇〇万円をもって相当と考える。

よって控訴人は、被控訴人らに対し各自三〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年一二月二七日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

被控訴人ら代理人は、答弁として次のとおり述べた。

一、請求の原因に対する答弁

第一項は認める。第二項中控訴人と被控訴人朴が結婚した当時同被控訴人が肩書住所においてスナック・××××と称する飲食店を経営し、控訴人が右営業の手伝いをしたこと、控訴人名義でスナック・○○○○を開店したこと及び控訴人の兄伍雄大から二〇〇万円を借用したことは認めるが、その余は争う。第三項は否認する。控訴人と丁村二郎との間に肉体関係のあったことは事実である。第四項中控訴人と被控訴人朴主張の場所に居を定め、ともに勤労生活に入ったこと、被控訴人朴が主張の頃横浜の実家に帰り、その際一三万円を持参したことは認めるが、その余は否認する。第五項中控訴人の父が被控訴人の実家を訪問したこと、被控訴人朴が控訴人の実家を訪ね又主張の頃控訴人をその勤務先に訪ねたことは認めるが、その余は争う。第六項中控訴人の主張のとおり一度二人して被控訴人明を訪ねたことは認めるが、その余は争う。第七項中控訴人が被控訴人朴の弟の月山正太及び弟朴大福の子朴天宏の養育を手伝ったことは認めるが、その余は争う。

二、被控訴人らの主張

被控訴人朴は、控訴人との肉体関係を自ら解消又は破棄したことはない。現在破棄同然の状況下にあることは、控訴人自身が被控訴人らの希望、意思に反して招いているもので、これを不法行為とする控訴人主張は理由がない。即ち、

(1)  控訴人には、昭和四三年一月頃から丁村二郎との間に不貞の行為があり、その関係は、家出後東京都新宿に居住するようになってからも継続していた。そして控訴人は、被控訴人に無断で右丁村に飲食店を経営させていた。

(2)  控訴人は、同人名義であるが、出資者は被控訴人らである前記スナック・○○○○の経営を担当していたのを奇貨として、使途不明の支出をなし、かつ、同店の仕入先に対し商品代金の支払いを遅滞し、よって同店は多額の債務を負担するに至った。控訴人は、右負債の処理に苦慮し、かつ又前記不貞行為の噂が喧伝されたので、これら不利の境地を脱却する目的で被控訴人を使嗾して家出を敢行したもので、事情を知らない同被控訴人を利用して、同人を不遇の立場に陥れたのである。

従って被控訴人朴が新宿で控訴人との共同生活中も、又その後同被控訴人の自己店舗に復帰後にも極力帰宅を要請しても、控訴人は、その好む処生をして同被控訴人の立場を認めず、その希望を斥けてきているのであって、その非は控訴人にある。

証拠関係≪省略≫

理由

一、請求原因第一項記載の事実は、当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によれば、控訴人の外国人登録原票の国籍欄には韓国、被控訴人朴のそれには朝鮮と記載されていることが認められるが、控訴人と被控訴人朴とは事実上婚姻していながら、未だ婚姻の届出をしていないのであるから、(右事実は≪証拠省略≫により明かである。)婚姻の方式は婚姻挙行地の法律によることとする法例第一三条第一項但書の規定からみて、両名は、未だ婚姻したものとは認められず、いわゆる内縁関係にあり、婚姻に準じた身分関係にあったものというべきである。

そして控訴人は、本件訴訟において、右内縁関係が被控訴人らのために不法に破棄されるに至ったことを主張して不法行為による損害賠償を請求するところ(内縁関係の不法破棄が不法行為を構成することについては後に説示する。)、その債権の成立及び効力は、その原因たる事実の発生した地の法律によるべきものであるこというをまたないところであるから(法例第一一条参照)、本件損害賠償債権の成立及び効力については、その原因たる事実の発生した地である日本の法令を適用して判断すべきものである(昭和三六年一二月二七日最高裁判所第一小法廷判決、家裁月報一四巻四号一七七頁参照)。

(なお、内縁関係解消による損害賠償もその法律構成は不法行為の理論から借用されるものであるとしても、その実質は、事実上の夫婦関係を不当に破棄された者の損害又は不利益の救済のための法的手段として広い意味での離婚給付の一環につらなるものとみることができるから、離婚の場合に準じて法例第一六条の類推により事実上の夫の本国法によらしむべきであるとの考え方があるが、両当事者の身分関係が前記認定のとおりで日本に長く在留するいわゆる朝鮮人同志である者の間の慰藉料請求事件である本件にあっては当裁判所は、かかる見解によるのは相当でないと判断し、前記最高裁判所の判決の見解に従う。)

二、よって控訴人主張の被控訴人らの共同不法行為の成否について判断する。まず被控訴人朴に対する関係につき検討するに、≪証拠省略≫によれば、

(1)  控訴人は、結婚の直後から被控訴人が経営していたスナック・××××を手伝っていたが、昭和四二年頃たまたま被控訴人朴の母である被控訴人明の加入していた無尽講(同被控訴人が無断で控訴人ら名義で加入し、控訴人らは、同被控訴人のいいつけどおり月々約五〇万円の掛金を支払っていた。)がつぶれ、経済的苦境に陥ったので、控訴人ら夫婦は、一家の経済的建直しをはかる目的で被控訴人明の出資及び控訴人の兄伍雄大の資金的援助を受けて、同年一一月一五日頃控訴人名義で、その主張の場所にスナック・○○○○と称する飲食店を開業し、控訴人が中心となってその経営にあたった。なお、控訴人は、前記被控訴人明の出資金は、前記無尽講の掛金の返済をして貰ったものとみてよく、従って控訴人ら夫婦が出資したも同然と考えていた(なお、被控訴人朴がスナック・××××を経営し、控訴人がその手伝いをしたこと、控訴人名義で前記時期の頃スナック・○○○○を開業したこと及び伍雄大から二〇〇万円借用したことはいずれも当事者間に争いがない。)。

(2)  控訴人は、右スナック・○○○○の経営に努力を重ねたが、出費に追われ、仕入先への代金支払いが遅滞し、不安定な経営状態が続いたところ、被控訴人両名及び被控訴人朴の弟朴大福が協議のうえ、朴大福に同店の経営をさせることになり、昭和四三年二月五日頃、同人が今日からこの店を経営すると乗り込んできた。控訴人は、事前に前記協議の結果を聞かされておらず、全く寝耳に水のことであり、控訴人としては、経営に努力をし、又同店の開業資金は控訴人ら夫婦及び控訴人の兄が出したも同然と考えており、その店の経営に執着を感じていたので、右一方的な経営の交替には不満であり、又同店の従業員も経営者の交替に反対して全員引揚げるという一幕もあった。さらにその直前頃、被控訴人明は、控訴人に従業員丁村二郎との間に不貞行為があったとの噂を流布しており、又被控訴人朴に対し、子供もなく、籍も入っていないから別れたらどうかと勧めたということを被控訴人朴から聞かされたので、控訴人ら夫婦は、今後の身の振り方について相談した結果、当時は、夫婦双方とも互いに愛情を抱いていたので、確たるあてもないままに、とりあえず家を出て二人で再出発しようということになり、控訴人も夫の行くところに従うこととした。かくして控訴人ら夫婦は、同月八日頃、身の廻りの品を持ったままで、同行を希望した丁村二郎外一名の従業員を連れて家出をし、東京都新宿区に住居を定めた。

(3)  控訴人と被控訴人朴は、控訴人の兄伍雄大の資金援助で一時スナックを経営したが、失敗し、その後控訴人はバーのホステスとして、被控訴人朴はバーテン等をしてそれぞれ働きはじめたが、同被控訴人は永続きせず、生活も不如意となったので、控訴人は実家から生活費の一部を送金して貰うなどして生活を維持してきた。かくして同被控訴人に働く意慾が乏しく、とかく控訴人の収入に依存する生活態度の帰結として両者に次第に感情の対立を来し、被控訴人朴が横浜の実家へ帰ろうというのに対し、今帰えれば被控訴人明との間が火に油を注ぐようなものであるから、控訴人がもう少し生活が安定してからにしてほしいなどと反対しているうちに、同年一一月頃、被控訴人朴が控訴人の実家を訪ねた際、大の大人がいつまでもブラブラしていて、もう少ししっかりしてくれ、と言われたことがきっかけとなり、被控訴人朴は、控訴人に別れてくれなどと言っていたが、同年一二月二四日頃、控訴人の貯金全額一三万円を持参し自分の荷物をまとめて、一人で横浜の実家に戻ってしまい、その後は控訴人の許に帰らなかった。かかる仕打ちにあって控訴人は、もはや同被控訴人と夫婦としての共同生活を継続することを断念するに至った(控訴人らが勤労生活に入ったこと、被控訴人朴が右日時に横浜の実家に帰り、その際一三万円を持参したことは、当事者間に争いがない。)。

(4)  その頃控訴人から連絡を受けた控訴人の父が円満な解決を求めて被控訴人らを訪ねたが結局解決できず、又被控訴人朴も同月末頃及び昭和四四年二月一〇日頃、控訴人をその実家及び勤務先に訪ねて、控訴人に同被控訴人の許に帰るよう求めたが、控訴人には被控訴人らの態度特に被控訴人明の控訴人に対する悪感情からして、誠意をもって迎え入れてくれるものとは信じられなかったので、応じなかった。なお、被控訴人朴は、その際控訴人に対し、帰るつもりがないならば、同被控訴人が嫁を貰ってもよい、又慰藉料の請求はしない旨一筆書けと強要したりした(控訴人の父が被控訴人方を訪ね、又被控訴人朴が右日時頃、控訴人を実家及び勤務先に訪ねたことは、当事者間に争いがない。)。

以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

被控訴人らは、被控訴人朴と控訴人との内縁関係が現在破棄同然の状況にあるのは、控訴人が自ら招いたものであるとして、その理由として、まず、控訴人には昭和四三年一月頃から従業員、丁村二郎との間に不貞の行為があり、右関係は、家出後も継続していたと主張する。≪証拠省略≫中には、前記両名の間に一回だけ肉体関係があった旨の供述及び記載があるが、これら供述及び記載は、≪証拠省略≫と対比して措信し難く、他に前記主張を認めるに足る証拠はない。又被控訴人らは、控訴人が丁村二郎に飲食店を経営させたと主張するが、右主張を認めるに足る証拠はない。次に被控訴人がスナック○○○○の経営により生じた多額の負債の処理に苦慮し、又丁村二郎との不貞行為が喧伝されたので、かかる苦境を脱却するため、被控訴人朴を巻き添えにして家出し、その後同被控訴人の要請にも拘らず、同被控訴人の実家に戻ることを肯じなかったと主張する。スナック・○○○○の仕入先に対し、代金支払いを遅滞したことは、すでに認定したとおりであるが、控訴人が右経営中使途不明の支出をしたことを認めるに足る証拠はない。そして控訴人らの家出の経緯及び控訴人が被控訴人の実家に戻ることに応じなかった事情は、前認定のとおりであって、右家出の意図が支払遅滞、不当支出の事実を隠蔽のためであったとの事実、控訴人が不当に被控訴人朴の実家に戻ることに賛成しなかったとの事実を認めるに足る証拠はない。又控訴人に丁村二郎との間に不貞行為があったことが認められないことは、前認定のとおりであるから、被控訴人明が流布した噂が家出の一因となっていたとしても、これをもって控訴人の責任を問うことはできない。してみれば、本件内縁関係の解消は、控訴人が自ら招いたものであり、その非はすべて控訴人にあるとの被控訴人らの主張は、理由がない。

三、以上認定事実及び後記認定事実によれば、本件内縁関係の解消の原因は、無尽講がつぶれた後の被控訴人明の控訴人に対する態度に抗しきれず、再出発を期して控訴人をつれて居を東京都新宿区に移したものの働く意慾に乏しく、とかく控訴人の収入に依存する生活を続け、揚句の果控訴人を置き去りにしたまま有金全部を持って自分一人横浜の実家に帰り、その後も控訴人を誠意をもって迎え入れようとの態度を示さなかった被控訴人朴の行動にあるものというほかはない。従って本件内縁関係は、同被控訴人のために不法に破棄されたものというべきである。ところで内縁関係は、婚姻に準ずる関係といって妨げなく、当然民法第七〇九条により保護さるべき生活関係にほかならないから、内縁を不当に破棄された者は、相手方に対して不法行為を理由として損害賠償を求めることができるといわなければならない(昭和三三年四月一一日最高裁判所第二小法廷判決参照)。よって被控訴人朴は、控訴人に対し、本件内縁関係破棄により控訴人の蒙った損害を賠償する義務があるものといわなければならない。

四、次に控訴人は、本件内縁関係の破棄について被控訴人明にも共同不法行為責任があると主張するので、その点について判断する≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴人明は、前記無尽講がつぶれて経済的に不如意になるまでは、控訴人を娘の如く可愛がったが、その後は控訴人に接する態度が変り、殊に控訴人の実家と資産状態が逆になったので、控訴人が秘かに実家に貢いでいると言い出したこと、昭和四三年一月末頃、同被控訴人は、控訴人と丁村二郎の間に不貞な関係があると騒ぎ立て、又被控訴人朴に対し、うちの娘に丁村との不貞の噂が立っているから気をつけろ、とか、子供もなく、籍も入っていないから控訴人と別れたらどうかなどと言ったこと、控訴人の意向を無視してスナック・○○○○の経営を交替させたこと、控訴人ら夫婦が東京に在住中控訴人が被控訴人朴に伴われて被控訴人明方を訪ねた際(右訪問の事実は当事者に争いがない。)、被控訴人明が控訴人に対し、親の面倒も見ずに家出をするような売女と罵り、控訴人の髪を掴んで振り廻したことが認められ、これら被控訴人明の態度が控訴人ら夫婦をして家出をさせ、又その後控訴人をして横浜の被控訴人の実家に戻ることを躊躇させる原因となったことは前認定のとおりであるが、第三項認定の事実に≪証拠省略≫によれば、被控訴人朴は、当時未だ控訴人に対して愛情を抱いていたので、被控訴人明の流布した前記噂を信じることなく、控訴人を離別するようにとの被控訴人明の勧めに応ずることなく、かえって同被控訴人を説得しようと努め、又同被控訴人から言われたことは逐一控訴人に話し、終に抗しきれなくなって控訴人を連れて家出したこと、その後控訴人ら夫婦が被控訴人明を訪ねたときに被控訴人明が前記の如く控訴人を罵り、乱暴をした際にも被控訴人朴は控訴人をかばって被控訴人明と争って大騒ぎとなったことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫ してみれば、被控訴人明は、控訴人に対して相当悪感情を抱くようになり、控訴人らを離別させようと策していたことは考えられるが、以上認定のようにそれによって被控訴人朴に本件内縁関係解消の決意を誘発させるに足らなかったというべきで、他に被控訴人明に社会観念上許容さるべき限度を超えた不当な干渉をして、これにより本件内縁関係に破綻を来たさせたものと認めるに足る証拠はない。よって控訴人の被控訴人明に対する主張は理由がない。

五、そこで控訴人の蒙った精神的損害について判断する。≪証拠省略≫によれば、控訴人は、被控訴人朴が横浜の実家に戻った後、しばらくの間バーのホステスをして生計を維持したが、健康を害したためその兄伍雄大の勧めで川崎の実家に落着き、その後は同所で飲食店を経営しているが、心臓疾患などで健康がすぐれないこと、被控訴人朴は、女子従業員一人をおいてスナック・××××を経営していることが認められる。以上認定事実、前記認定の内縁関係の経緯、右関係破棄の事情その他本件にあらわれた一切の事情を総合すると、控訴人に対する慰藉料の額は、二〇〇万円をもって相当とすべきである。

六、以上の次第であるから、被控訴人朴は、控訴人に対し、二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四四年一二月二七日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。従って控訴人の被控訴人朴に対する本訴請求は、前記金員の支払いを求める限度においてこれを相当として認容すべく、その余及び被控訴人明に対する本訴請求は、いずれも失当として棄却すべきである。

よって原判決中控訴人と被控訴人朴とに関する部分は、右と判断を異にする限度において失当であるから、控訴人敗訴の部分を取り消して、前記金員のうち原判決認容額を超える部分の支払いを命ずることとし、被控訴人朴の本件附帯控訴は、理由がないからこれを棄却することとし、控訴人と被控訴人明とに関する部分は相当であって、同被控訴人に対する本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民事訴訟法第三八六条第三八四条第一項第九六条第九五条第九二条第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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